“ずっと一緒”  『LOVE×2な10のお題』より

 


 湿気が多いせいだろか。陽があるとじっとり暑いのに、曇天になると打って変わって肌寒いくらいの日があったりし。寒くなるまで気温が下がったのは関東だけらしいけれど、

 『冬でもないのに“寒い”なんて感じるのは何年振りだろ。』

 モン太くんがそんな風に言ったのへ、ボクも十文字くんたちも“…あっ”て顔を見合わせちゃった。ずっとずっと野球少年だったモン太には、当然の感慨だったろうけれど。ボクらにしてみても、高校生になってからとはいえ、一年中 身体を動かし続けて来たもんだから。

『そういやぁそうだよな。』
『俺なんて高校上がってから風邪引いてねぇしよ。』
『うんうん。』

 中坊ン時だって結構暴れちゃあいたんだのにな。やっぱアレだろ、煙草やめたし 年中走らされたしで。そうそう、ダレてる暇なんてなかったからな。忌々しいったらねぇぜ…なんて言い方をしながらも、放課後になったらグラウンドへ向かうくせにねと。モン太や小結くんと顔を見合わせ、瀬那が小さく苦笑する。泥門高校の部活は原則2年の秋で終しまい。練習に混ざるのは個人の勝手だけれど、例えば大会へ向けての正選手になったり、運営への主導権を握ったりというのは厳禁とされており。だって言うのに、自分たちを卒業するまでぎゅうぎゅうと絞り続けてくれた、そりゃあ頼もしかった先達を見習ってか。自分たちもまた、素人がほとんどだったのを叩き上げて一人前に育てた後輩たちと、加入したばかりな新入生という顔触れへ、いい成績を残せるようにと、絞って絞って尻を叩いている真っ最中。そんなボクたちの進路もそれぞれに大体決まっており、大学へと進むクチは蛭魔さんが待つR大学へ、ほぼ“アメフトをしに”という進学をする格好となる予定。滝くんやモン太、小結に十文字くんたちも、せっかく脂が乗って来たのだし、大学自体のレベルもそこそこ悪くはなしということで、自然当然という流れで、そうと選択しているらしく。そして、一番の秘蔵っ子であるセナもまた、


  “ボクは…。”


   ………おやぁ?





  ◇  ◇  ◇



 アメフトを続ける気持ちは勿論ある。というか、これほど自分をしっかと支えてくれたものはないし、これからだって…アメフトを続けることで、顔を上げて、真っ直ぐ、前向きに走って行けると思う。勝てたらいいなじゃあない、勝つんだという自負を持つこととか、皆の後押しでタッチダウンを任されることへの、重大な責任とか…身が引き締まる歓喜とか。そんな 華々しくって重たくて大変なことになんて、うつむいてばっかだった頃には、だからこそ縁なんてなかったのにね。わぁ凄いなって見ほれるばっかだったのにね。その天性とか能力とかを選ばれた、一線を引かれた向こう側の人たちのことだとしてた全部が、気がつけば我がことになってる不思議に、しみじみ気づいて噛み締めたのって、確か…2回目の王城戦、一年の時の関東大会の準決勝のころじゃあなかったか。

 “翻弄されてたもんな。”

 春大会の直後からの半年間、促成のためとはいえ、無茶苦茶な鍛えられ方をしていた皆で。とんでもない強豪チームとのガチンコ勝負をいきなり組まれたり、本場アメリカの高校生とも試合をしたし、そのアメリカへ渡って自力で走っての大陸横断もやらされた。自分たちの実力とやらがどれほど上がったのかを、実感する間もなく始まった都大会では、惜しいところで涙を呑んだが、何とか首の皮一枚つながってて関東大会へと進み、そこでやっとのこと、凄い人たちと渡り合えてた自分なんだって、

 “じわじわと実感したんだっけな。///////

 越えてかなきゃクリスマスボウルはないってだけが原動力で。素人同然だったところからのたった半年で、誰を挙げてもとんでもない強豪を、それでも皆で撃破して。

 “やっぱり、信じられないもんな。///////

 例えば進さんなんて、暇さえあればトレーニングを欠かさない、蛭魔さん曰く“努力する天才”だってのに。そりゃあこつこつと、それがアイデンティティででもあるかのように、黙々と体のどこか、鍛えずにはおれない人だって、いつも傍にいる格好の桜庭さんも、呆れたみたいに言っていた。

 “今だって、そうだしね…。”

 セナを背中に乗っけての、片手指立て腕立て伏せは、あと少しで五百回。大学へと進学した進さんは、やっぱり高校時代と変わらないままの練習の虫だそうで。そも、受験生という身だった昨年度だって、春大会以降の試合に出なかったというだけで、さして変化なくいた人ではなかったか。そんな彼と入れ替わるように、今度はセナが受験生となった訳だけど。練習から離れることで体がなまってしまっては元も子もないと、毎日のランニングは欠かさないし、その折にはこうやって、進さんと合流することも変わらない。とはいえ、

 「はい、五百です。」
 「…っ。」

 緑地公園の中の屋根のある四阿(あずまや)、濡れていないところを選んでというトレーニングは、今日も雨催いなお空だからか、微妙にレベルを落としたもの。いくら鍛練とはいえ、体を酷使すりゃあいいというものではないからで。汗を冷やさぬようにと、背中や懐ろに入れていたタオルを取り替え、呼吸を整えるインターバルを取る進さんは、

 「…。」

 背中から降りて、持って来ていたバッグを漁り、どうぞと、スポーツドリンクを手渡すセナへ、何か言いたげなお顔をして見せて。何ですか?とこちらからも訊くようなお顔をして見せたセナくんだったが、

 「…。」
 「う〜っと。///////

 赤くなりつつ、狡いなぁと思いつつ、何も言わないまま、目線だけで“はぐらかさないで”と訴える進さんへ、結局は降参して話し始めてしまってる。

 「えと、あの。ボクって変なのかなって思うんですよね。」
 「?」
 「はい、変かもって。何て言えばいいんだろ。」

 えっとうっとと、言葉を探す間、じっと待っててくれる進さんで。湿った空気が寒かろと、すぐお隣りで三角座りしているセナの小さな肩へと、少し大きめのスポーツタオルの乾いたの、ストールみたいに掛けてくれたりすると。そこからふわり、進さんの匂いがして、

 “はやや…。///////

 いけないいけない。お話聞いてあげようって待ってて下さってるのに、何だか気持ちが舞い上がっちゃうよう…。///////

 「えと…ですから、こんな風に。」
 「?」

 そう、こんな風に。ボクは相変わらず進さんのことが大好きで。進さんの方からも憎からず思ってくれての構いつけとかされちゃうと、頼もしさには落ち着くけれど、それとは別にドキドキして舞い上がってしまうほど。///////
「ただ一緒にいたいだけ、
 ずっとこうしていたいなって思うのも本当の気持ちですのに。」
「…?」
 ですのに?と、それじゃあいけないのか?と、そこを意外に思ってだろう、問うてのキョトンとする微妙な目許が、先を続けてと促すように見つめてくれるのへ、

 「ですから…。」

 何て言ったらいいのかな。物静かで優しい進さんの懐ろに入れてもらって、こうして ほややんと、ぬくぬくとしていたいのも本当の気持ち。でも、そりゃあ強くて頑丈で、水も漏らさず死角なしとされている、最強のアメフトボウラーの進さんと、対等でもいたい。高校時代に開眼した“バリスタ”という作戦では、攻撃陣へも加わってしまえるようになった完全無欠の進さんへ、真っ向から向かい合いたいっていうのも、偽らざる本心だったりして。
「どうしてこんなに強い人なんだろって。ボクにとっては唯一の取り柄な脚でかかっても、 際どい鍔ぜり合いになるような人で。試合のたび、今度こそ全く全然敵わないのかなっていう、絶望しちゃうほどの気持ちになっちゃうほどで。」
 そうまで打ちのめされてる自分が、でも、

 「そう簡単に諦めなくなっていて。」

 これは高校生になってから、アメフトをやり始めてから培ったこと。体を鍛えたのは蛭魔さんに目をつけられて強制的に始まったようなもんだったけれど、気持ちのほうは自分で鍛えた。ここで終わっていいのかと、クリスマスボウルに行くんだって、そのためには挫けてちゃいけないんだってこと、自分で自分を叩いて高めた、我慢強さとか粘り強さに他ならなくて。

 「昔は、諦めるのだけが身を守る方法だったから。」

 足は速くとも度胸がなくて。及び腰だったもんだから何でも最初から諦めていて。だから…

 「欲しいものを、どっちにするのかって選んだことも経験が少なくて。」
 「…?」

 物でも当番でも、皆が選んでから余ったのをもらうのが当たり前だったから。そしてそういうのって、大概は皆が嫌がったものってことが多くって。何が回ってきたって同じで、輪の中に入れてもらえてるってだけで良かった。
「ごくごく偶に選んでいいよって機会があっても、早く早くって急かされちゃうと、よくよく考えもしないで適当に選んでしまってて。」
 結局、余っただろうなって物を選ぶことも少なくはなくて、ボクって判断力なさすぎなんだなって、そっちで打ちのめされてもいました、と。困ったように微笑うセナへ、

 「…。」

 進さんの表情はあんまり動かなくって。こんな情けないことを経験したことなんてないから、判らないのかもしれないなって、判ってもらえないことへの残念な想いが ちょっぴりと苦くって。そして、そんな風に世界観が微妙に違ってた人への、不安というかジレンマというか。

 「蛭魔さんがいたから出来たことだっていうのは判ってます。」

 ほとんど素人が 何年もやってた進さんと対等にだなんて滸がましいことですけれど、それが進さんにとって一番大切なことだから余計に。ボクにだって、生まれて初めて勝ちがほしいって思うあまり、じっとしていられなかったことだから余計に。そんな“一番”っていうものでの競い合いをしていたい、でも、

 「でもそれって…同時に出来ることなのかなって。何か変じゃあないのかなって。」

 大好きな人。何からだって護りたい、傷つけたくなんかない人。でも、真剣勝負の相手にもしたい人…? あれれぇ? 何か矛盾してないか?って、今頃になって気がついて、ちょっぴりグルグルってしてしまうセナくんであるらしく。こんなことを思うことこそ変なんでしょかと、抱えたお膝にやわらかそうな頬をくっつけてしまう、相変わらずに小さい小さいランニングバッカーさんへ。

 「…。」

 まとまりの悪いふわふかな髪、風に揺れるの、しばし見ていた進さんだったが、

 「…俺は、小早川が相手でも区別はしない。」

 そんな一言をぼそりと口にする。顔を上げたセナも、それは知ってますよと小さく微笑って、
「進さんが手加減しないっていうのはすごく嬉しいですし、ボクなんてそれどころじゃあないですし。」
「蛭魔のお陰じゃあない。奴だって小早川に頼ってたろうし支えられてた。」
 珍しくも矢継ぎ早に言葉を連ねる進さんは、

 「一緒にいることと向かい合うこと、どっちも求めて何が悪い。」

 真っ直ぐにセナを見やって、そうと言い切った。

 「俺は…いや、小早川にしても。
  負けた相手へ憎悪を抱くほど肝が小さいか?」
 「あ…。」

 初めて公式戦という形での対決をしたとき、こてんぱんに熨されたことが確かに悔しかったけれど…それをその後への起爆剤に出来たし、それが原因で進さんを嫌いになんてならなかった。決勝で待つと、歯ごたえのある一選手として見てくれたことがとっても嬉しかった。負けたことをバネにこそせよ、それで日頃の接し方まで変わるということはお互いにないのだし、

 「態度の使い分け、などという器用なこと、俺に出来ると思うか?」

 桜庭ならまだしもと、ぼそり付け足した進さんだったことへ、失礼ながら ぷふっと吹いてしまったくらいに。ああそうですねって、セナくん、やっと気づいて…気持ちが晴れた。

 “ああ、そうだった。”

 そんな人である筈ないのにね。何でそんな詰まんないこと心配したんだろ。ボクの側こそ ひねないようにと気をつけてりゃいいこと。なのに何が不安だったのかしらって、今度はそれが恥ずかしくってお顔が真っ赤に染まってしまう。進さんはいつだって、こんなにも泰然としていてくれるのに。これからもずっと、不安に揺れるたびこうして支えて下さるんだろな。

 “これから…。”

 これからも きっとずっとそう。
 アメフトが好き、進さんが好き。
 これからもずっと一緒。
 うわ、これってなんてお惚気なんだろか。

 「〜〜〜。//////////

 自分で思ったことへとますます真っ赤になってしまったセナくんへ、

 「???」

 ああ、いろいろと悩める年頃なのだろなと。微笑ましいという眼差しを向ける、進さんだったりするのです。そんな二人を眺めつつ“やってなさい”と苦笑するよに、アジサイの淡色の瓊花たちが揺れてた、初夏も間近い朝でした。






  〜Fine〜 08.6.28.


  *これで2シリーズをコンプリートでございますvv
   …とはいえ、こんなんで良かったんでしょうかね。
(苦笑)
   本誌ではいよいよのクリスマスボウルだってのに、
   その直前の試合があまりに壮絶だったということで、
   まだ眸を向けてないチキンな奴ですし…。
   甘甘な話しか書けない者に、ハードな展開は鬼門ですよう〜。


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